拡大縮小的雑感002
昨日、地理学の農村研究者によるシンポジウムがZOOMで行われ、聴く機会を得た。本来であれば、この春に東京の大学で開催されるはずだったのが、中止されてしまっていたのを、ZOOMを活用して実施に至ったらしい。
テーマは、平成の大合併で過疎化が悪化してきている日本の農村地域を、今後どうやって維持していくかについて、農村地域で住民が運営を担っている/担わされている地域運営組織のあり方から探るものであった。早くから山地での過疎化が進んだことから日本での取り組みのモデルとなっている中国地方と、大都市圏域をその県域に有する兵庫県とでは、置かれている状況が根本的に異なることがわかった。どうやら自分はやや深い井戸の中にいるらしい。大変勉強になった。
ともあれ、日頃は学会の会場で発表している姿をフロアから眺めるトップクラスの研究者達が、目の前のパソコンの画面に並んでいるのだから、感動モノであった。また、ZOOM開催に関し、実施にあたっての注意事項として、すでに実施されているよその研究分野での取り組みの段取りが事前に紹介されていて、今後自らが関係するところでも大変参考になった。共同司会、共同ホストなど、運営の分担も重要である。
普段のZOOMの利用では、ゼミ発表でゼミ生達がさらりと発表していく姿にツッコミを入れたり、初年次のゼミでのグループ作業に運営者モードで入り込んでギャグをかましたりすることができてお楽しみなのであるが、講義では、無言の学籍番号がずらっと並んでいるだけである。辛うじて最初と最後にみんなにミュートを解除してもらい、声を出して挨拶はするものの、あとは私の喋りっぱなし。わからなさそうな顔をしているのか、冗談が笑えてもらっているのか滑っているのかもわからない。救いと言えば、時々画面切り替えがうまくいってないことを、ゼミ生が天の声のように言ってくれることくらいである。
昨日の学会シンポジウムでどなたかの先生が言われていたが、地理学のよさの一つは、基本姿勢が地域に入り込んでいくことである。地域の方の中にお邪魔して、お願いして、お話を伺うことが基本となる。そして、何度も訪ねることが大切である。コロナウイルス感染拡大下で前期の授業が開始されて、いよいよ中盤に入っている。本来ならばバリバリ行われているはずのゼミフィールドワークをどうするか、いよいよ考えねばならなくなった。6月の梅雨入り前に、加古川の都市近郊農村地域を踏査することが年中行事の一つで、まずはゼミのフィールドを知ることから始めるのである。しかし、現状で赴くことは、私であっても難しい。
どうするかずっと考えてきたのだが、概ね方向は定まった。いままで一同に顔を合わせる機会を一度しか持っていない3回生たちが、全員一応知っている場所で取り組み、次の世代のゼミ生たちにとって有用になるものを残していけるようにせねばならない。そのために、大学の足下で行い、我々の蓄積につなげ、結果的に地域のみなさんのためにもなる機会にしようと思う。先日、加古川でお世話になっている方の一人に電話をする機会があった。たまには来ない年があっても良いのではないかといわれたことが、わずかな救いである。
最大の問題は、人に話を聞く経験をどうやって得るかである。これについては、もう少し詰めねばならぬ。
久々の更新です。ZOOM用の授業準備で、悪戦苦闘しています(苦笑)。1週間のうち8日働いている感じである。なかなか大変。きついですなあ。
飽きない、商い ―街の散歩002―
今回の要請下でしばらく休業していた明石駅高架下の商業施設ピオレ明石が、営業を再開したらしい。明石市史によれば、もとはステーションデパートといい、進出が決まったときには、明石中心部の商業者達から反対運動が起きたという。ピオレは姫路駅前にも大きな商業施設を持つほか、神戸駅などでも同じポイントカードが使える。JR系列の商業ビル会社というところか。
ジュンク堂書店明石店が入店しているのは、パピオスあかしという複合ビルで、上階には市役所の出先や市立図書館が入居する。元はダイエー明石店だった場所で、私がいまの職について長い間、ダイエーが閉店して以降ほとんどのフロアが放置されていたビルが、駅前の一等地に突っ立っていた。
城下町に由来する明石市の中心部は、海に近いところに、旧の西国街道が通っていて、ありがちな名前だが、本町通り商店街として商業集積地が残る。いまピオレ明石やパピオスあかしに出店している店には、本町通り商店街から移転してきた専門店もある。上等な帽子などを売ってる店なぞは、最近まで本町通りの店も営業をしていた。
本町通り商店街の店を調査する2回生
research by 2nd grade students at an old shopping mall
2018年7月下旬 兵庫県明石市 本町通り商店街
Late in Jul., 2018. Honmachidori Shopping Mall, Akashi City, Hyogo Pref.
SONY α77II, SONY DT16-50mm F2.8 SSM
この後不動産屋に飛び込み、聞き取り調査をしていた(ご協力に御礼)
帽子を売る店は、衣料品の専門店にあたるが、帽子ししか扱っていない。肉屋は肉を扱う店で、食料品の専門店である。しかし、肉だけを扱うのが肉屋であり、魚や野菜も売ることはあまりない。肉や野菜や魚を売るならば、きっと醤油やお菓子も売っていることだろう。そういう店は食料品総合店というはずで、食料品を専門に扱うので、やはり専門店になる。
もし、食料品のほかに、歯磨き、文房具、衣料品なども扱っていたら、食料品専門の店とはいえなくなる。ただ、食料品が半分ほどよりも多いくらいの程度ならば、食料品とついでに服や雑貨も扱っている店、というように語られることだろう。かつて「よろず屋」、加古川の農村では「八百屋」という言葉で表現されていたが、こうした店を、食料品中心店という。農村地域で、地区に1、2軒しかないような店に、こうした食料品とともに何でも扱う店が、細々ながらいまも営業を続けていたりする。
扱っている商品の種類を見る限り、いまでいうコンビニエンスストアと同じではないかと思うが、コンビニエンスストアは面積がそこそこ広く、客が商品かごを持ち歩いて商品を選んでレジまで持ってきて精算するセルフサービス方式であり、こうした販売形態を持つ店舗は、スーパーマーケットの一種に分類される。
拡大縮小的雑感001
月曜1限、勤務先の2020年度最初の講義を、ZOOMでのリアルタイム講義で行ってみた。受講した学生は、こちらが泡を食っている、今風に言えばテンパっている様子がよくわかったと思う。パソコン操作というやるべきことが増えて、次に話そうと思ったことを多々失念してしまっていたのである。情けないが、キャパを超えていると言うことであろう。オンライン授業の経験がある教員からも同様のことは聞いていた。
今回、購入したものの使いこなせずにお蔵入りしていた機材が、ここに来て大変役立っている。一つはワコムのペンタブレット、もう一つはエプソンのポータブル教材提示装置である。ZOOMの画面共有が非常に優秀で、まさにマルチウインドウで、本人、ネット、タブレット、教材提示と、マルチに切り替えて提示できる。
タブレットは便利である。色を変えられる。絵も描ける。これは面白い。なぜ使わなかった、バンブー。ただ、確かに便利なのだが、機種が古いせいか動作が粗い。ショックなほど字が汚い(元から?)。
一方の教材提示装置は、当初インストールしたものの内蔵カメラとの切り替えができず、再びお蔵入りさせようかと思っていたが、念のため確認したところ、きちんと動いた。短気を起こさなくて良かった。で、これはすごい。紙に文字や絵を描いて、それがそのまま画面に表示される。だから教材提示装置なのだが、この当たり前のことができるのがよい。
1限目、両方起動して使ったのだが、タブレットは字が汚い。教材提示装置は読める。プリントに線も引ける。ということで、紙とペンで描けば、タブレットは必要ないということがわかってしまった。そして、それは通常の授業と同じやり方である。結局、教室での授業と限りなく近いことができるようになるのを目指している自分がいた。この感染拡大が収まった時に、進歩をしていないのではないかと、自ら案じたりもする。でも、性格が守旧派、もとい、懐古趣味なのだから仕方がない。教材提示装置で写るボールペンの曲がった線と悪筆を愛おしんで何が悪い。というか、教材提示装置、ほんと便利。
こうして授業を進めてみたが、学生が見えないので、一人で淡々と授業をせざるを得ない。そうなると、見えない学生が失笑していると想像して、マシンガントークで途切れず、知っている場所とか店とか人の話を織り込んで、たたみかけて(いる気になって)みる。たまに同僚教員と研究分野を引き合いに出し、そのゼミ生がいたら卒業研究でこう役立つと示してみる。そこに、さらに地理ネタと自虐を織り交ぜて次々とたたみかけていく。関連性にもとづく当事者性の自己認識を促進せしむる自虐的放蕩的授業展開といえよう。意味不明である。
おっと、夢見心地から現に帰った。脱線していた。明日の準備をせねば。
そうそう、教材提示装置に名前を付けよう。研究室のノートパソコンは、パナ子とか、デル子とか、メーカー名で収まりが良いのだが(レノ子はしっくりこないが)、エプ子だと、なんだか「プ」で窒息しそうな響きである。では、教材提示装置なので、教子(きょうこ)、うーん、本当にいそうでダメだ。またも脱線した。明日の準備をせねば。本件は当面の課題にしておく。
それにしても、テンパっているの語源を、チコちゃんは知っている(取り上げた)のだろうか。
きーにーなーるー!(キョエちゃん)
忘れてなくてもくる災害―複合した場合002―
1995年の阪神・淡路大震災が発生したのは、1月17日の午前5時46分でした。忘れることができません。夜明け前の真っ暗なときでした。
よく言われるのが発生時刻です。新幹線や高速道路も落下したのですから、これらが稼働中の時間帯に発生していたら、死傷者は到底6000人台では済まなかったと思います。季節という点では、1月半ばということで、真冬の寒さに当初大変な思いをした人が多かったと思います。ただ、布団さえなんとかなれば、屋外で焚き火をすれば暖をとれます。
その当時、私が住んで生活をしていたのは被害がほとんどなかった大阪北摂でしたので、阪神間や淡路島のみなさんの大変だった状況はわからないところですが、それでも、この震災が、もし梅雨時だったら、真夏だったら、エアコンも使えないし、大変やったろうなあと、研究室の先輩と話していたことを覚えています。熊本の地震後は、熱帯夜を車中で過ごす人が多かったことが報道されていました。ずっと車中にいて、エコノミークラス症候群が心配される高齢者も出現していました。関西での報道は減りましたが、熊本の復興は進んでいるのでしょうか。
飽きない、商い ―街の散歩001―
商いは飽きないに通ずとは、大学を卒業したあとに、短い期間、営業職をしていたときに、研修で習った言葉だった記憶があります。
非常事態宣言にともなう休業要請期間中、もっとも困っていたのが、大手書店チェーンの休業でした。同僚の国文学者が悲鳴を上げておられたのですが、その心の叫びはあとで自分自身もひどく感じることとなりました。
休業要請対応終了2日目、授業用に不足している書物を買いに、明石の街の大手書店チェーンに赴くと、「密」を避けることに気をつけつつも、目の色を変えたように本を求めている(ように見える)人が、広い店内のそこかしこに見られます。
太平洋戦争の頃に出兵した人や生徒だった人たちが、ようやく長い戦争が終わって、これからは自由に本を読めると思ったという話を、よく耳にしたり目にしました。気持ちが少しわかりました。
私の父はそんなことは言わないタイプで、屋内で本を読んでいるなんて想像がつかない、屋外派でした。頭は魚釣りしかなかったのではないかと思います。母は、近眼をひどくさせながら本を読むような人ですから、当時はさぞかしだったと思いますが、国民学校で使っていた初等の国語の教科書に墨塗りをした世代ですので、深刻ではなかったと思います。
さて、この大手書店チェーン、ジュンク堂書店は、専門店チェーン店に分類されます。カテゴリーキラーとも呼ばれます。自動車関連グッズ販売店、大手家電量販店、大手おもちゃ販売店に、こうした店舗が見られます。
この記事ここまで。あとでもう少し突っ込んでみましょう。いまからZOOMプレゼミです!服を着ねば!
忘れてなくてもくる災害―複合した場合001―
今回のコロナウイルス感染拡大で、感染症に無防備で発展してきた現代日本の脆弱さが露わになってしまいました。幕末から近代にかけてのコレラ病や腸チフスなどの水系伝染病の流行、近代のスペイン風邪など、大量の死者を発生させる伝染病が、幾度も世界を襲ってきたのですが、人はそれを乗り越えてきたといえます。しかし、ひどい記憶を忘れてきたともいえるのではないかと思います。
日本において忘れたいようなひどい記憶といえば、災害です。災害には地震災害、火山災害、気象災害などがあり、日本はいずれも激しい国ですね。などと書きましたが、隕石が落ちても災害ですが、これはなんというのでしょうね。調べないとわかりません。
地震災害といえば、先日このブログを書くために、映画『風立ちぬ』の絵コンテ集を見直したのですが(持っている、笑)、宮崎駿が、主人公二人の出会いの場として用意したのが、関東大震災で汽車乗車中という設定でした。地震波が大地の波となってこちらに向かってくるかのような描写は、強く心に残りました。
気象災害といえば、毎年のように、どこかの講義で触れるのが、谷崎潤一郎『細雪』に描かれた阪神大水害です。文庫版ですと中巻の前半で、静かなプロローグから始まります。主人公といえる貞吉の近所に住むドイツ人の娘の舞踏会に関する話の後、説が変わると、雨に例えるならば、パラパラとした小雨のような話から、次第に本降り、豪雨、驟雨(強弱のある雨)のように、阪神大水害の激烈な災害描写が展開されていきます。とくに印象的だったのは、浸水した裁縫学校でカーテンにつかまった四女に、水が迫ってくるシーンです。大阪船場の古い知り合いのカメラマンが助けに来るまでのギリギリのシーンは、スピルバーグの映画のように、恐怖感を高めさせます。
『細雪』は3度映画化されています。映画は、1作目と3作目を見たことがありますが、水害は3作のうち1作目にしか描かれていないそうです。1950年頃の作品であるこの1作目の水害シーンがなかなかいいです。プロローグから静かに始まる作品作りは、原作を彷彿とさせるものです。数年前に、NHKでバブル期の設定で現代ドラマ化されました。台風だったか、水害シーンが描かれていて、感心しました。名作ですので、舞台も多数あることでしょうね。阪急コマ劇場がまだあったころ、新聞で『細雪』の舞台が告知されているのを目にした記憶があります。有名な女優さん主演ですね。
普通の芝居では、水害シーンを舞台として設けるのは厳しいことでしょう。私が脚本家なら、一人芝居とか、少人数で人間だけで、舞台装置なしで想像のみで演じる芝居、なんというか知りませんが、それで想像を膨らませるようにすることでしょう。
一昨年だったか、阪神・淡路大震災とその後の鉄道の復旧工事を描いた、関西テレビ60周年記念作『BRIDGE』も、なかなか印象的でした。六甲道駅は、今では何もなかったかのように整った建物と街並みですが、ひどいものだったと聞きますし、映像でも目にしました。このドラマでもよく描かれていたと思います。
https://www.ktv.jp/info/newpress/2018/20181107/
1995年の阪神・淡路大震災は1月17日でした。2011年の東日本大震災は3月11日でした。2016年の熊本地震は4月14日と16日だったそうです。もしこれらの地震災害が、6月や7月の前半、あるいは9月や10月に発生していたら、ひどかったこれらの災害が、よりひどい状況になっていたのではないかと、思わずにはいられません。梅雨期の集中豪雨や秋の台風が、容赦なく日本を襲い、とくに2000年代以降、激甚化しているからです。
阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震によって、大阪平野の淀川河口部の堤防が破損したという事実はあまり知られていないようです。もし、地震が梅雨時やの台風接近・上陸の真っ最中だとすると・・・。想像したくない状況となることでしょう。淀川河口部の堤防破損については、報道で取り上げられたことがあったはずで、周知されたといえばそうなりますが、そう、人は忘れてしまうのです。
急遽、この話を別立てて始めて見たいと思います。
なお、地域研究ともいえる地理学は、場所の自然環境や、人々の暮らしや社会、文化について、経緯を踏まえて理解しようとする分野といえます。場所の全ての事象の現在のみならず、過去、そして未来についても考え、提言していくことが、本来的に望まれます。ある特定のことに非常に深く詳しくなるのはなかなか難しいです。でも、広く知り、知ったことをつなげて考えればいいのです。場所に関してそういう視点を持つのが地理学、地域研究の分野です※1。
そういう発想の研究分野が、近年増えてきてはいますが、平たく伝える地理という教育の科目の姿を思い出せば、誰もが知っておきたい基礎知識として伝える(報告する)意義があることがわかりますよね。この分野の真価が発揮されるはずです。
※1 念のため注書きしますと、「ぶっちゃけいえば」ですね。